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7  アスタナに条件付きでライセンス発行へ、多くの関係者からUCIに対し失望の声 アムステルゴールドレース  8
ライセンス発行の怪:いったい自転車レースは誰のもの?
文章:本站原创  |   投稿時間:2015/8/28 12:03:46  |   チェック回数:435

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UCIが新しい体制となり、より強固にドーピングに立ち向かっていたはずが、気がつけば多くの不満だけを残す形となったアスタナへのライセンス発行、そして対して神経質なまでにシビアに僅か6%の資金不足でライセンスを拒否されたヨーロッパカー、なにか目には見えない力がそこにあることを誰もが感じたのではないだろうか。
 
アスタナは傘下のチームも含めて5人ものドーピング陽性者を出し、またドーピング指南の中心人物であったフェラーリ医師に関する最新のパドヴァ調査報告書の中で、チーム内の半数の名前が挙がるなど、まさにドーピングの温床とも言える環境であるとされた。しかし今まであれだけグレーゾーンに対して厳しく接するとしてきたUCIが、何故かあっさりとライセンスを発行したことで、現役選手のみならず業界関係者からは失望と落胆、そして今後への戸惑いの声が上がった。条件付きの発行(ライセンス剥奪の可能性)とはいえ、その条件自体が何ら根拠を持たない、つまりは実行できるかわからない条件を付帯させるという不可解な判断は、極めて不自然に感じられる。UCIが何かに対して配慮した結果との印象は否めない。
 
対してクリーンであるにもかかわらず僅か6%の資金不足だったヨーロッパカーにはあっさりと無情の決断、ルールはルールと言えアスタナがあの状況でライセンス発行されたことを考えれば、どこかしっくり来ないと感じた人も多いだろう。印象としては規定に満たなかったからヨーロッパカーにはライセンス発行をしないが、ドーピング違反グレーゾーン満載はライセンス発行の妨げにはならない、と解釈出来てしまう形となった。
自転車の世界はお金で動いている」、そうよく言われることがあるが、今回はまさにその一端を垣間見ることになった。資金が潤沢なチームほど良い選手を集められるのは当然のことだ。ヨーロッパカーに対し、資金が豊富であり、またグランツール総合優勝者、そして次世代のエースを抱えていることが、まさに配慮の対象となったことは言うまでもない。ヨーロッパカーには記憶に残る男、ミスター逃げ男トマ・ヴォクレールがいるが、昨シーズンは怪我でほとんど活躍ができなかった。ピエール・ローランもいるが、結果以上に印象が薄くカリスマ性が足りない。それに対してアスタナは国営企業がスポンサーというだけでなく、ツールを制したヴィンチェンツォ・ニーバリ、そしてジロで総合3位に入った次世代のエースファビオ・アルーという名実ともに自転車界を担っていくカリスマ的、アイコン的素材が揃っているのだ。
 
現状の自転車界で、アルーとニーバリがグランツールに出場できない可能性が出れば、間違いなくスポンサー、放映権という意味で大きな損害になる。またライセンス発行がされないことで移籍という話が出たとしても、時期的に難しいことに加え、各チーム人数枠を使いきっていること、資金的に獲得できるチームが限られること、またそれらチームにはすでにエース格がいることで、出場が制限される可能性があるのだ。それを総合的に踏まえ、今後新たにドーピング違反が発覚した場合や、パドヴァ調査報告書で黒が確定した場合にはライセンス停止か剥奪という条件付きで発行となったのだ。しかしこの条件には根拠がなく、行わなくてもそれ自体が問題とはならないという逃げ道があることが問題なのだ。つまりはUCIが”言い訳”をきっちりと用意周到に準備したとも言えるのだ。
 
たしかに今だに自転車界には、旧UCI体制下のドーピング黙認時代の亡霊とも言える存在がまだ健在だ。そして彼らが未だ自転車界全体に影響力を及ぼしているのもまた事実。体制が変わったからといえ、全ての人間がその新たな方向性に協力的とは限らず、逆にそれを快く思っていないこともあるのだ。強固に強行することも可能ではあるが、それがもたらす影響は誰も予測ができない。であれば今回UCIはある意味器用に立ち回り、今はその部分で無難に、穏便に事を進める選択肢を選んだとも言えるだろう。
 

では自転車界は一体誰のため?現場で走っている選手たちへの敬意、そして彼らを尊重するべき立場の人間は一体どこの何を見てレースに携わっているのだろう。現状を見る限り信頼回復はまだまだ遠い夢物語のようだ。 

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