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7  ロード世界選手権2014男女チームTT アムステルゴールドレース  8
ルールに翻弄され日の目を見なかった男の憂鬱
文章:本站原创  |   投稿時間:2014/10/8 7:35:35  |   チェック回数:609

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今回のフォイクトの記録達成、素晴らしい記録であり、そして鉄人にふさわしい引退の花道となった。しかしその裏で、UCIのルール変更に翻弄されてきた男のことを忘れてはならない。忘れ去られた男、きっちりとルールに則り挑み続けたコルビー・ピアースのことを、ぜひ多くの人に知っておいてもらいたい。全米トラック界では28度のナショナルチャンピオンになった大物でありながらも、律儀にコツコツと、華やかさからは程遠い状況でストイックに記録挑み続けたそのスタイル、これもまた人生なのだ。

コルビー・ピアース、知る人ぞ知るアメリカのトラックとタイムトライアルスペシャリストにして、指導者でもある男は、若い頃はプロチームで走り、結果を残していたにも関わらず33歳で早々と引退、そして指導者への道を歩み全米チームのコーチとなった。しかしその2年後に現役復帰をすると繰り返しアワーレコードに挑み続けたのだ。

そしてルール改正直前昨年10月にはオンドレイ・ソセンカの世界記録49.7kmを上回る49.8kmを記録した。この記録は現在新しくなったUCIのルールでは許容されるエアロ機材を使用しているのだが、当時の不可解なUCIルール下では規定違反、そのため正式に記録として認められることはなかった。フォイクトも同じようにエアロ機材を用いて記録達成したことを考えれば、ピアースこそがソセンカ超えの選手として歴史に名を残すはずだったのだ。ただそれはルール改正のタイミングという”時間のいたずら”に阻まれてしまった。(ソセンカの記録はアスリートアワーと呼ばれるオーソドックスな機材を用い、エアロ機材なし。

ピアースは1995年には50.191kmという全米記録(UCIルールとは別)を作っており、1997年に破られてはしまったが2013年度になり、再び記録更新を目指して挑戦をしたのだ。結果としては全米記録は破れなかったが、現在の新ルールに照らし合わせると公式となる機材での挑戦であり、ソセンカ超えを達成していたのだ。

 

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